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駒場由行の生い立ち|中学1年生編|

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(初めて読まれる方はコチラから!)

中学校入学

入学式の日。僕は新入生代表として、”誓いの言葉”と呼ばれるものを発表した。

「分からないことばかりで緊張しますが、頑張ります!」みたいな感じだった気がする。(何を話したかあまり覚えていない...笑)

とりあえず前で堂々と話せる奴という印象が生まれ、そのまま学級委員長、生徒会副会長というリーダー的なポジションを1年生の頃は担っていった。

 

新しい友人も多くでき、これからが楽しくなりそうと思いつつ、部活動を決める日が迫っていた。

 

サッカー部に入部

正直入部しようか悩んでいた。親にも今までやったことないことに取り組むことを勧められ、科学部なども考えていた。

でも、小学校で同じチームだった子らに「早く入部届け出せよ。お前ももちろんサッカー部入るだろう?」と当たり前のように声をかけられた。

周りは僕が小学校時代に嫌な思いをしていたことは当然知らないし、むしろキャプテンをやっていた奴がサッカーをやらないなんてあり得ない!という感じだった。

断ることが上手く出来なかった僕は、渋々サッカー部に入部することになった。

 

でも、入った当初は楽しかった。

キャプテンという立場を離れ、先輩にも優しく接してもらい、今までよりは居心地が良かった。

ポジティブな気持ちは自分のプレーにも影響を与え、縮こまっていた自分が少し解放されたような感覚だった。

これが”楽しい”というものだったのだろう。

入りたての1年生は地味な練習をさせられることが多く、それに対して文句を言う人が多かったが、自分が下手だと自覚していた僕は特に何も言わず続けていた。

その点も評価して頂いたのか、たまにレギュラー組に混ぜてもらって練習させてもらうこともあった。

 

そんな楽しい日々は一瞬で過ぎ、3年生は引退した。

 

そしてここから、僕のサッカーにおける苦労人生の第二幕が上がったのだ。

 

由行少年、キーパーになる!?

3年生が引退し新チームを作る際に、一つ問題があった。僕らの代にキーパーが一人もいなかったのだ。

どの学年にも2人ほどキーパーがいる方が良いという考えの学校だったため、僕らの代(当時は11人)から二人選ぶことになった。

一人目は小学校の頃、僕と同じチームだったK君だった。サッカー経験は短いが、背が高いという点からキーパーに任命された。

 

そして、もう一人をどうしようかと考えていた時、顧問の先生はK君に「誰かキーパーできそうな子知っているか?」と問うたそうだ。

その時彼は、「あっ、あいつやってましたよ!」と僕の名を挙げたそうだ。

確かに僕は小学校6年生の頃にやっていたが、小学生編(後)で言った通り、ノリで”やらされていた”だけだ。

とはいえ、全力で断ることもできただろうが、他にできそうな人がいなかったし、ちゃんと練習させてもらった上で試合に臨めるならまだ良いかな!という理由などから、引き受けることにした。

 

こうして僕はキーパーになったのだ(笑)

 

めっちゃ怖い先輩に何度も怒られたり、「勝ったらフィールドプレーヤーのおかげ、負けたらキーパーのせい」みたいな雰囲気が嫌で嫌でしょうがなかったが、それでも辞めることはなかった。

理由は単純である。逃げるのが嫌だったのだ。

ここで辞めたら小学生と全く変わらない、と13歳ながらに思うことがあったのだ。

 

 

 

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『逃げるは恥だが役に立つ』という言葉を耳にしたことがある人は多いだろう。実際、この言葉が間違っているとは言えない。

自分を押し殺して駄目になるくらいなら、ダサくてもその場から退くことは賢いと言えるだろう。

 

ただ、「苦労を乗り越えた先には必ず何かがある」と自信を持ってこの場で言わせてもらいたい。

その何かが果たして何なのかは誰にも分からない。乗り越えた時に初めて分かるものだ。

忍耐力の強化。協調性の重み。冷静さの重要性...

得るもの・学ぶものは色々ある。

 

の一方で、苦労をしないように危険予測をして上手く人生を送ってきたという人もいる。彼らの人生を羨ましいと思うこともあったが、今は全く思わない。

『若い時の苦労は買ってでもせよ』という言葉の意味が年を重ねる毎によく分かる。

 

だから、今何かにぶつかっている人は逃げる前に一度、乗り越える方法を本気で考えて欲しい。ゴール地点までの距離は全く分からないが、遠ければ遠いほど、着いた時に得るものは大きいかもしれないのだから。

 

「苦労ってどうやってするものなの?」と聞かれたことがあるが、そんなの簡単だ。自分のキャパを超えるようのものに挑戦すれば良いだけの話だ。

自分の限界を理解し、その範囲で行動しようとすることは賢いかもしれない。自分を守るためにも、その意識は否定されるべきことでもない。

ただ、大きな成長を遂げる人というのは、常に背伸びし続けている人ではないのだろうか。目先の闇に臆することなく挑もうとする人ではないのだろうか。

 

「23歳のくせに何を言ってやがる」と思う人もいるだろうが、それはそれで結構。それでも僕は自分の意見を主張し続けるし、こう言った生き方をこれからもしていきたい。

背伸びをして生きるのは疲れる。未知なことにドーンっと飛び込むのは確かに危ない。でもそれがワクワクするから僕はそういう風に生きていきたい。

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少し話が逸れたが、そんな歯を食いしばりながらの中学1年生だったが、2年生になって運命的な出会いがあった。そして、僕の気持ちに大きな変化が訪れたのだ。(続きは中学2年生編で!)

 

ブログの原点はココ??|実は作文得意でした!(笑)

昔から国語の成績は良くなかった。本を読むのが本当に嫌いで、テストの点数も基本は60点くらいだった。

でも”書く”ことだけは得意だった。当時の国語の先生も僕の書く能力を評価してくれていて、今までにも何度か読書感想文で賞をとったことがある。(本は嫌いだったから、難しそうな本を避けて書き続けていてのだ笑)

今思うと、ココが僕のブログの原点なのかもしれない。自分の考えをまとめて、相手に”文字”を通して伝える。

それは作文もブログも同じだ。

 

とはいえ、好きではあったが、初めから上手かった訳では全くない。

作文も、先生や親などに色んな指摘を受けて改善されていった。

20歳を超えても、過去のブログと今のブログの書き方には差を感じる。

1日1日、一つ一つに大きな変化はないが、その小さな変化の積み重ねが、気付いた時に大きな成長へと繋がっているのだろう。

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という感じで中学一年生は終了。年を重ねる毎に学びが多いから、書きたいことも増えてきてしまう(笑)

さて次は中学2年生編。

先程紹介した運命的な出会いとは?そしてその人が与えてくれた影響による由行少年の変化とは??

 

つづく。







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