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対自分

百聞 vs 一見(一行)

更新日:

”百聞は一見に如かず”

という諺があります。

 

人の体験談などをたくさん聞いて学ぶより、実際に自分で経験した方が学びになる!
みたいな感じです。
(見るというより行う、経験するというニュアンスから”一行”とタイトルに付けました)

 

とはいえ、そこに疑問が生じました。

「果たして百聞は一見(一行)に及ばないのか?」
「百聞する意味って大してないのか?」

 

今日はこの諺について今一度考えていきたいと思います。

 

今までの自分|経験至上主義

今までの僕は超経験至上主義、すなわち、まさに百聞は一見(一行)に如かずを信じていた人でした。

自分を一番成長させてきたのは過去の失敗や苦労、挫折といった自分にしかない経験です。

逆に他人の体験談をいくら聞いたところで、それが本当に活かされてきたのかと問われると、、、難しかったですね。

人の話を聞きまくる暇があったら自分で取り組んでみた方が絶対良い!と考えていました。

 

一行の父と百聞の母

僕の父は大学卒業後、新卒入社から今日まで30年以上サラリーマンとして働いています。

社会に出てから味わった数々の苦労。その一つひとつの話には父の思いがこもっていて、その中身に濃さを感じていました。僕は”一行の父”として尊敬していました。(今も尊敬してますよ笑)

 

一方で母はと言いますと、朝早くに起きて家事を一生懸命にやってくれている中、空いた時間を使って本を読んだり、PTA や勉強会に参加するなどしていました。多くの人から情報を収集して、そこから学んだ幅広い知識や考え方を僕に話してくれました。

しかしイマイチ話が腑に落ちなかったです。経験至上主義だった僕は、”百聞の母”からの言葉に重みを感じることができず、ひどい時期は母を見下していました。(だからか、母との喧嘩は非常に多かったです笑)

 

どちらも僕が話を聞いたという意味では”一聞”ではありますが、その内容の重みに差を感じていました。

 

百聞の重要性

でも気づいたんですよね。

経験だけで自分の人生を豊かにすることはできないです。

 

例えばあなたが他のスポーツをせず、アスリート並みにサッカーを極めていたとします。

もちろん、サッカーに関しては他の人には負けないほどの知識やプレーの感覚があるはずです。

しかし、他のスポーツに関しては何もわかりませんよね。

 

ではあなたが多くのスポーツを人並み以上にできる人だったとします。

あらゆるスポーツに関して同じ経験者だからこそわかることが多いでしょう。

ですが、一つを極めた時の状態はもちろんわかりません。

 

時間は一日24時間しかなく、この世の事物を全て経験するには足らなすぎます。

じゃあ自分が経験したことだけしか学ばない、もしくは学べないのか?と言ったら、それは違います。

 

”百聞”する、すなわちたくさん情報収集して補えばいいんです!

 

サッカーしかやってこなかった人が野球、バスケ、水泳、陸上、カーリングなど他のあらゆるスポーツを全部極めることは不可能であり、そのトップアスリートが得たものを自分の身をもって経験し、得ることもできません。

「だからその人たちの気持ちは全くわからないや〜」

で終わらすこともできますが、その人の話を聞くことで得られることもありますよね。

 

もちろんほんの少ししかわかりません。ですが、聞くことによって理解度を0から1にすることはできます。

 

自分が実際に体験して失敗することで学ぶことは多いです。

でも「人の失敗から学ぶことが多い」という言葉を聞いたことはありませんか?

たとえ自分自身の体験ではなくても学ぶことはできるんです。

 

 

大学3年のこの時期は就職活動シーズン絶頂期です。

その前から早く就活をすることで、より多くの企業を自分の目で直接見ることができる為、
「早く動いた人こそが成功する!」みたいな考えを僕は信じて行動してました。

 

ですが、自分の直接の経験だけでここまでやってきたわけでは全くないです。

友人と相談したり、
口コミ見たり、
ネットで調べてみたり、

どれも間接的でしたが、そこから得られるものも多かったです。

 

そもそも、「早く動いた人が成功する」
という考えは、遅くに動いて失敗したという話を友人から聞いたことによって学べました。

 

 

”百聞は一見に如かず”とは、
同じことを何度も聞くぐらいなら、実際経験した方が良い!

という話ですが、それを聞いて学ぶか経験で学ぶかを選択することがより大事なのではないでしょうか?

 

この世界は、一人ひとりにとって見たことも聞いたこともないことで満ち溢れています。

 

同じ時間を費やした時、
一見や一行は、一つのことを深く知れる反面、領域が狭まります。

逆に百聞は、一つひとつの理解度は浅いですが、広い領域に触れることができます。

 

狭く深くか、広く浅くか。
どちらが良いとかはなく、自分がどちらで学びたいかが重要なんです。

 

 

また、
「経験で学びたかったけど時間がない...」
という声を聞いたことがあります。

やはり一つにフォーカスしたい時、聞くより見る方が良いでしょう。

 

ですが、聞くのが意味がないわけではありません。必ずそこから得られる大切なことがあるはずです。

それを得ようとするかしないかは、その人自身の問題だと思います。

 

 

できない理由を考えることは簡単です。

大事なのは、どうやったらできるのか?
その、できる理由を模索する
ことではないでしょうか。

(このセリフよく言ってしまいます笑)

 

終わりに

いかがでしたでしょうか?

百聞は必ずしも一見に劣るわけではなく、使い方によっては一見にはできないパフォーマンスをすることができます。

だからこそ、”聞”であろうが”見”であろうが、今目の前でできることを大切に一生懸命取り組んでみてください。

意識するだけで、必ず何かが得られるはずです。

 

あっ、ちなみに今はちゃんと母の話も聞いていますよ!(笑)

 

 

 

皆さんの毎日の生活が
より楽しく実りあるものになりますように

 

P.S.

友人の先輩の話です。

就活をしていた時、その人は食品メーカーにしか興味がなかったそうです。

更に、「面接で落ちた会社の食品は食べない!」

と決めていたそうです。

 

すごい決意ですよね。
自分をあえて追い込むことは一方法として面白いと思います!

 

 

ですが、気づいたらその人は食べる食品がなくなったそうです。







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