今より楽しく実りある毎日を送るキッカケを提供していきます!

オモロイ毎日

生い立ち

駒場少年の生い立ち|中学2年生編|

更新日:

 

(初めて読まれる方はコチラから!)

新たな出会い

中学2年生になり、後輩ができた。上手い子も多く、少しワクワクしていた。

でも、僕にとっての衝撃的な新たな出会いは後輩とではない。新しい先生との出会いだ。

 

新しく2人の先生がサッカー部の顧問になった。2人とも先生としての経験は全くなく、僕らが初めての生徒だった。

 

一人は面白くて優しい先生(N先生)であり、皆からも慕われていた。怒っても全然怖くなかったかな?(笑)

その一方で、もう一人の先生(Y先生)は厳しい人だった。常に怒るとかではなかったが、消極的だったり考えが見えないプレーに対しては、徹底して注意していた。ちなみに言うと、イケメンだった(笑)

 

今までの僕は怒られるよりも褒めてもらう方が良かったので、本来ならN先生にばかり近付こうとしていただろう。

でもこの時は違かった。

僕はY先生がとにかく好きだった。(もちろんN先生もですよ!笑)

 

「なんでなの?」と親に聴かれたこともあったが、理由としては、Y先生は僕らのことをちゃんと見てくれていたからだ。それに、「このチームを勝たせたい!」という熱量が十分に伝わっていた。

そして、たまにY先生から褒められた時、すごく嬉しかったのだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

最近は体罰問題を取り上げられることが多く、指導法についてを考え直す機会が増えてきている。

 

褒める指導か叱る指導か。

 

褒めればのびのびとプレーができるが、優しさに甘んじて身が引き締まらない人がでてくる。

叱れば、緊張感が出て集中できるだろうが、怒られることに怯え縮こまる人がでてくる。

どちらが良いかという答えは無く、その人・そのチームに合う方法でやるのが一番良い。

 

だからこそ、指導法以上に選手も監督も互いに歩み寄り、理解しようとする姿勢が何よりも大切だと思う。

学校における先生と生徒の関係。家庭における親と子の関係も同じだ。

 

優しく接するか、厳しく接するかを考えるのも良いが、何よりも”信頼関係”をどのように築いていくかを思考することが重要なのではないだろうか。

ーーーーーーーーーー

 

 

 

Y先生は厳しくて、身が引き締まるから好きだった。
時には優しく褒めてくれるから好きだった。

これらは確かに否めない。でも何よりも、とてつもない熱意と共に、僕らのことをちゃんと見ようとしてくれたことが嬉してしょうがなかったのだ。

きっと今までもそういう人はたくさんいたのだろうが、Y先生は今まで出会った中で一番その印象が強かった。

 

だからこそ、「もっと上手くなりたい!先生と一緒に勝ちたい!」と強く思えるようになった。

今までなんとなくやっていたサッカーだったが、この方との出会いで僕は貪欲さが増し、前向きな気持ちになったのだ。

そして練習を重ねる毎に、サッカーがどんどん好きになっていた。

 

(最終的に、このY先生が卒業した高校に僕が行くことになるとは、この時は全く思ってもいなかった)

 

孤立化

楽しくなってきたのも束の間、またまた問題に直面した。

 

Y先生たちが入ってくるまでのサッカー部では、練習後に1年生がグラウンド全体の整備を行い、上級生はそれ以外の片付けをしていた。

明らかに1年生の仕事量の方が多かったが、全員同じように年を重ねる以上、ある意味平等ではあった。僕ら2年生も1年生の頃に同じことをしてきたため、2年生になってからは当然のように楽な片付けをしていた。

しかし、Y先生はこのことに違和感を覚え、突然僕ら2年生を呼び出し、「お前らの練習はもう見ない。後は自分たちでやってろ!」と言い、僕ら2年生は1年生とは別に自分たちだけで練習をすることになった。

ショックでしかなかった。僕らも悪気があった訳では全くなかったし、むしろ突き放す前に「これからは皆で整備も片付けもしよう!」と言えば良かっただけの話である。

(まあ、この時のY先生は先生に成り立てということもあり、かなり尖っていたかな笑)

 

とはいえ、僕らがやっていたことが絶対正しいとは言えなかったし、謝る必要はあると考えた。しかし、周りはこれを大きな問題だと捉えている様子はなく、むしろ、「練習が楽になってラッキー!」というような表情に見えてしまった。

そんな彼らを信じることができなった僕は、一人で先生のところに謝りに行った。でも結果は「お前の気持ちは伝わったけど、これは個人の問題ではなくチームの問題だ。一人で来ても意味がないだろ。」と門前払い。

 

仰る通りだった。僕は皆に会って、自分の行動と先生の反応を伝えた。すると周りからは

「なんで勝手に一人で行くんだよ!」
「自己中だな!」
「頭おかしくない?」

とめちゃくちゃ文句を言われた。「お前らのことが信じられなかったから」なんてことは言えず、ただ黙るしかなかった。そして皆で先生たちのところに行ったが「今は指導する気は全くない」とだけ言われて終わった。

練習を見てもらえなかったが、グラウンドを使わせてもらう許可は得た。だったら「一生懸命に取り組み続けて、直接的であれ間接的であれ、その姿勢を先生たちに伝えるしかない」と僕らは考え、決意した。

 

のも束の間だった。結局ダラける人が多かった。もうどうすれば良いかわからなくなり、担任の先生や親とも相談した。いっそ部活ではなくクラブチームを探してそっちに入ろうかとも考えた。

でも「もう一度Y先生やN先生と練習がしたい」という気持ちが何よりも強かった。だから周りの態度がどんなに悪くても、自分だけは意地でも頑張ると決めた。

正直、ものすごくストレスのかかる毎日だった。いつ辞めてもおかしくないくらいの精神状態だった。

 

それでも続けてるうちに少しずつメンバー内に変化がおとずれた。全体の動きが機敏になってきた感じがあった。中には「どうやったら皆がより真剣になれるかな?」と相談しに来てくれる人も現れた。

そして最終的に僕らは先生のお許しを受け、再び皆で練習できるようになった。(全部で3ヶ月くらいだったかな?)

 

 

 

ーーーーーーーーーー

人を動かすことは決して容易いことではない。

人は変化を嫌うし、楽を選びたがる。それは当然のことだ。

それでも動かしたい!変えたい!となった時、どういう手段を選ぶか考えるのは大変だ。

 

ただ、一つ言えるのは、
自分が変われば周りも変わることがあるということだ。

 

相手を信じることができずに自分勝手な行動をとれば、そこに信頼関係は生まれない。

でも、相手を信じ、自分ができる最善の行動をとり続ければ、それは良い結果に変わりうることもあるのだ。

それは時にはじっと待ち続けなければならないし、とてもストレスがかかることでもある。

ただ、そうやってじっくり築き上げいくからこそ、信頼できる関係とは非常に価値があるものと言えるのではないだろうか。

ーーーーーーーーーー

 

 

 

その後、僕らはキャプテン・副キャプテン・部長を決めることになった。参考のために生徒内で投票を行ったところ、僕をキャプテンにしたいという人が最も多かったようだが、先生方の判断で僕は副キャプテンになった。

その時も今でも、その判断に間違いはなかったと思っている。S君がキャプテンになり、M君が部長になり、僕が副キャプテンになり。揉め合いも多かったけど、この3人で良かったな。

.

. 

. 

こうして、中学2年を終えた。

我ながらによく頑張ったなと思う1年間だった(笑)

 

そして駒場少年も中学3年生になり、ついに高校受験を迎えることになった。

学力に問題がないと思われていた駒場少年だったが、夏休みを境に大変なことに!?

 

つづく。







-生い立ち

Copyright© オモロイ毎日 , 2019 All Rights Reserved Powered by AFFINGER4.