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駒場少年の生い立ち|年少〜卒園編|

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新しい保育園

再び東京に戻ってきた僕は、家から自転車で5分くらいの所にある保育園に通うことになった。

緊張というものを実感するようになっていた時期だが、すぐに皆と仲良くなることができた。

最初に仲良くなったN君は、僕の顔が面長だったという理由から”ピーナッツ”というあだ名をつけてきた。マジで嫌だったけど、彼とは保育園時代、一番仲が良かった。

 

保育園内での1日の流れを簡単に説明すると、

到着→遊ぶ→昼飯→昼寝→遊ぶ→おやつ→遊ぶ→帰宅

快楽でしかない(笑)

 

ただ、当時の僕も僕の友達も昼寝の時間は嫌いだった。(今では昼寝ほど幸せなものはないと思っている。)

寝るぐらいなら遊ぶ方がマシ。そう思っていたため、いつも仲の良い友達と布団を隣合わせに置き、コソコソ話をしていた。何度怒られたことか(笑)

 

遊ぶ時の内容は大体決まっていた。外なら砂場で遊んだり、ジャングルジムで遊んだり。鬼ごっこやウルトラマンごっこをしていた。

一方で園内で遊ぶ時に一番流行っていたのは、保育園にあるポケモンの指人形を使ってのポケモンバトル。

 

このポケモンバトルがまたタチが悪い。ルールなんて無い。水タイプは炎タイプに強いとか、電気技は地面タイプに効果がないという話も無い。どれだけ有名か、どれだけ強そうか。イメージでの勝負だ。

そしてこのバトルの最も不公平なところは、当然ではあるが、先に保育園に着いた人から好きな人形を取れる。つまり、これが本当の”早い者勝ち”だった。

親の都合で、いつも保育園に来るのが遅かった僕に勝機はなかった。

必死に探したゼニガメ・ワニノコ・トサキントを持ってしても、リザードンには屈するのである。(ポケモン知らない人、すみません笑)

世の中の不平等さを初めて感じたのは、この時だったかもしれない。

 

とは言え、なんだかんだ保育園での生活は楽しかったが、一番の出来事はやはり弟の誕生である。

 

駒場少年、兄になる!

20世紀の締めくくりの年に弟は生まれた。と同時に僕は兄になった。

弟や妹がいる人は分かるだろうが、自分が兄・姉になるという興奮は途轍もない。本当に嬉しかった。

家に帰ると、今まで遊んでいた自分のオモチャを、しばしば弟の周りに囲うようにして置いていた。5歳の僕のおもてなしみたいなものだ(笑)

 

面白いことに、特にヤキモチをした記憶もない。普通、弟や妹ができると、それまで構ってもらっていた長男・長女は、両親の目がこちらに向かなくなってくることに嫉妬する。

祖父母と二世帯住宅で暮らしていたとはいえ、父が単身赴任であまり家にいなかったこともあり、母と一緒に僕も弟のお世話をしていた。だから、特に嫉妬心が生まれなかったのかもしれない。

歳を追うごとに弟との喧嘩は増えていくが(笑)、この時の僕は弟が大好きだった。

 

卒園

楽しい保育園生活もあっという間に終わり、卒園の日を迎えた。

多くの友達が近くの同じ小学校に入学することもあり、寂しさは全くなかった。

 

ちなみに、卒園前にそれぞれの将来の夢を考えなければならないのだが、僕は「サラリーマン」と答えた。

「は?つまらなすぎだろ。」と思う人が多いだろうが、これにはちゃんとした理由があった。

当時、僕の家で父が毎週観ていたドラマに『サラリーマン金太郎』という作品があった。

凡人サラリーマンが裏で悪党を倒す物語だが、ウルトラマンとかが好きだった僕は悪者を倒すヒーローの存在に憧れていた。

6歳の僕はウルトラマンには将来絶対なれないと分かっていたが、ヒーローに対する憧れは捨てきれなかった。その時にこのドラマと出会い、内容は全く分からなかったが、サラリーマンが格好良いことだけは伝わっていた。

それ故にサラリーマンが当時の僕の夢だった。

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こんな感じで僕の保育園生活は幕を閉じた。

次は小学生編になるが、ここから、今の僕の自我に対する影響が大きくなってきたのだ。

つづく







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