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駒場少年の生い立ち|大学4年生編(学科)|

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(初めて読まれる方はコチラから!)

 

 

一度広げようとした学科内の交友関係も、徐々に狭まってきた感覚があった。

決して悪いことではなく、狭く深く関わろうとする姿勢は否定されるべきではない。でも個人的には、少々寂しかった。

 

新しいコミュニティができたけど、、、

4年生になって、新たな必修授業ができた。

今まではグローバル・コミュニケーション学科英語コースという括りの中で、授業を受けてきた。

ただ、この新たな必修授業は英語コース・中国語コース・日本語コースという3つのコースが合同になって7つのチームを作り、それぞれがあるプロジェクトに取り組む。

僕は「小学生たちに異文化の面白さを知ってもらおう!」みたいなプロジェクトに取り組むことにした。

 

そのプロジェクトに関わる同期のメンバーが誰かは知らなかった。でも、新しいメンバーで何かするのは常にワクワクする。

期待を胸に自分の教室に向かった。しかし扉を開けた瞬間、衝撃を受けた。

 

「女しかいない...」

(厳密に言うと、女性18に対して男性2だ)

 

もはやハーレムという次元を超えた。不安でしかなかった。女性が苦手な訳ではないが、この人数比は正直、肩身が狭くなると察した。

 

そんな中でチームリーダーを決めることになった。周りがまだ就活で忙しそうな上に、自分自身one of themで埋もれるよりは一番前に立ってた方がまだマシかなと考え、僕はリーダーを引き受けることにした。

 

最初は探り探りでいたが、徐々に周りの素が見えてくると同時に、メンバー各々に対しての苛立ちが僕の中で増した。

 

自分のことしか考えない人
すぐに周りのせいにする人
論理的に話せないため何を考えているか分からない人
超中途半端な人
全く無関心な人

 

こんな風にしか見えなかった。今だから言えるが、あの時期はメンバー全員に対してイラついていた。

自分の無力さにも嫌気が差して、授業をサボったこともあった。

 

 

ただ、この苛立ちを解消してくれたのが、時間と友人だった。

 

 

 

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人の気持ちには必ず強弱がある。

その日は高いモチベーションであっても、次の日には不思議と冷めてしまっていたり。

逆にどんなにイライラしていても、次の日、また次の日と時間が経つ毎にそのイライラも自然と消えていく。

良くも悪くも、時の経過とともに人は冷静になっていくものだ。

だからこそ、どんなに嫌な思いをしたとしても、その時のネガティブな感情だけで行動しない方が良い。数日後に改めてその時のことを考えてみると、意外と良い解決策が見えてくるものだ。

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友人の存在の偉大さは、もはや語るまでもないだろう。

何か助言する時もあれば、黙って愚痴を聞く時もある。

振る舞い方を意識するのはとても大事なことだ。だがそれ以上に、相手が困っている時に真摯に向き合おうとする姿勢を忘れて欲しくない。

 

どんなに無力であっても、たとえ相手のために何もできなくてもそんなに大きな問題ではない。

側にいるだけで十分なことだって多いのだから。

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時の経過は自分の気持ちを安静にしてくれた。ただ、それに加えて僕の悩みを聴いてくれる友人がいたことで、僕は救われた。

人によって会話の仕方は異なるが、最後まで自分が頑張れたのは、話の時間を設けてくれた皆のお陰だった。

 

改めてグループのことを考えてみると、自分の非が何よりも多かったことに気が付いた。

 

引き受けたからには最後までやり通す
十人十色をまとめる
皆がいるから自分が前に立てる

 

自分の担うべき役割やもつべき態度を、再度認識することができた。

 

 

そんな紆余曲折を経ながら、僕らは無事にプロジェクトを終えることができた。

 

謝恩会の幹事をやろう!

毎年、僕らの学科は学生主体で謝恩会が行われる。学生が主体ということは、誰かが言い出さない限り始まることはない。

後に知ったが、「駒場がやるんじゃない?」と思っていた人がボチボチいたらしい。

ただ実際のところは、正直誰が開くにしよう、謝恩会に行くかどうかすら悩んでいた。謝恩会の日に別の予定もあったため、そちらを優先しようか決めかねていた。

 

そんな中、ある日「誰も出ないなら私がやろうか?」と言ってくれた人がいた。言われた時は特に何も思わなかった。

 

でもその直後に、ある友人から連絡が来た。

「ホンマにお前やらなくて良いの?...」

 

そもそも僕は行くか分からない人だったのに、彼もよく言ったものだ(笑)

でも、いざ言われてみると、改めて考えるようになった。

行かないを選ぼうとしていたのは、他の予定がある故に”行けない”のではなく、単純に”行きたくなかった”のだ。

全体としての仲の良さを微塵も感じられない集団で、幹事なんかやってもオモンナイと思っていたからだ。

 

ただ、仲の良い集団をまとめるのは簡単で誰でもできるだろうが、そうではない集団をまとめるのは大変な故に誰でもできる訳ではない。

絶対にイラつくことも多くなると思ったが、それでもやり甲斐があると感じた。それに、将来もっと大きな集団を率いていきたい人間が、ここで逃げるのは違う気がした。

そして何より、かつては仲が良かったからこそ、もう一度皆で集まって楽しみたいと思った。このメンバーで良かったと言えて皆で卒業したいと思った。

 

こう言った理由があり、僕は最後の大仕事として謝恩会の幹事を引き受けることにした。

そしてやるからには、中途半端にやらず、こだわりを持って取り組むことを決意した。

 

準備、そして当日

頑張った感を自慢したい訳ではないが、どういう風に準備をしたか聞かれることもあったので、説明すると以下の通りだ。

 

会場探し
二次会の場所決定
出欠確認(依頼)
先生の招待
プログラムの作成
パフォーマンス依頼、準備
全体で行うゲームの決定、景品探し
スライドショーの作成etc...

 

ザックリ言うとこんな感じだ。会場探しの場合、費用・アクセス・広さ・サービス内容・音響設備・周辺の店の数などを考慮した上で決めた。同日に卒業式を行う大学・学部が多かったため、そもそも空いてる場所を探すところから苦戦した。

やっと1件見つかったとしても、以上の内容が十分に満たせなければもちろんボツ。会場一つ決めるのにも思った以上の時間がかかった。

 

会場が決まり出席確認をしたところ、ここでもまた苦戦。最後の集まりにも関わらず、出席者数が想像のはるか下だった。

僕自身も行くかどうか悩んでいたため、欠席したい気持ちも理解できた。

「場所が悪い」
「なんで先生のために自分たちが多く負担しなきゃいけないの?」
「どうせオモンナイでしょ」

相手の言い分もよく分かるため、複雑な気持ちだった。それでも来てもらいたいことを伝え、なんとか目標人数を超えた。

 

これ以上苦労談を話すのもつまらないと思うのでここら辺で終えておくが、想像していた以上に大変だった(笑)

 

でも、どうやったら楽しくなるかを考えるのは楽しかった。成功イメージをすることで、最終結果に対する期待が高まり、気持ちもポジティブになれた。

 

周りには不安がられていたが、ギリギリまで考えた上で当日を迎えた。

 

 

 

全体の卒業式(13時)→学部毎の卒業式→ゼミ毎の卒業式→会場移動→謝恩会(18時)

 

大学から会場への移動時間は1時間かかる。イメージしづらいかもしれないが、かなり強行スケジュールだ。

こちらが提示したタイムスケジュールで動いてもらえれば問題ないが、大学最後の日にせかせか動きたい人なんているはずがない。だから、皆が本当に時間を守ってくれるか不安だった。

ここまで準備してきたし、誠意を持ってお願いはしていたが、それでも自分に人望がある訳ではないので自信はなかった。時間通りに皆が動いてくれるかが一番の懸念点だった。

 

 

ただ、皆は時間通りに動いてくれた。遅刻者はほとんどいなかった。

おかげで謝恩会は全て時間通りに進み、無事に終えることができた。

急がせてしまったのにも関わらず、先生方や同期の皆から「楽しかった!ありがとう!」と言ってもらえた。

めちゃくちゃ嬉しかったし、こちらこそありがとう!の気持ちでいっぱいだったが、正直そんなに協力的になってくれるとは思えなかったので、驚きも強かった。

 

そんなことをとある友人に言ったら、当たり前のように言われた。

 

「お前があれだけ本気でやって、協力しない人なんていないだろ?これで時間破ったらお前に申し訳ないもん。」

 

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中途半端に取り組めば、周りも中途半端になる。自分が真剣になればなるほど、周りも真剣になって協力したくなる。

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最後の最後に大切なことを身をもって学ぶことができた。

 

また、この会を準備するにあたって多くの人に助けてもらった。皆がいたから最後に良い思い出作りをすることができた。

本当に感謝感謝です。

 

卒業

謝恩会・二次会・三次会を終え、肩の荷が下りたと同時に、自分が大学を卒業したことを少しばかり感じた。

 

4年間を通じて思うが、やっぱり僕らの学科は仲が良くはない(笑)色んな授業やイベントを行ったところで、そこから新しい交友関係が広がることはほとんど無く、関わる人は常に同じ。

個人的には少し呆れていた(笑)

 

でも、狭いが故にとことん深く関わる人ができた。僕のことをよく分かってくれる人と出会え、何か困った時によく相談していたのは学科の友人が多かった。

 

全体としての思い出より、個人的な思い出が非常に強いコミュニティだったかな。

今思うと、これはこれで大事な居場所だよね。

 

浪人して、必死な思いでこの学部・学科に入れて良かったな。

 

 

4年間お世話になりました!

今までありがとね!!







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